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ピーターバーンズさん死去。その生い立ちは?整形の理由に隠された波乱万丈な人生とは?

デットアライブのリーダーでありボーカルの

ピーターバーンズさんが急死しました。

23日急性心不全のため死去。

ピーターバーンズさんは

リバープールに生まれ、妖艶な容姿とは裏腹に

野太いボーカルが印象的な歌手でした。

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生い立ち

父親はイギリス人、母親はドイツ系ユダヤ人

母親は迫害を受けドイツからオーストリアに逃げていた時

ウィーンにて父親と知り合う。

 

母親はおしゃれな美女で目を引く魅力があったが

異国でなじめずアルコール中毒の精神疾患を患う。

11歳上に兄が一人、兄の影響で、ビートルズに興味を持つ。

しかしピーターバーンズさんの興味はアメリカ人女優や歌手だった。

生活環境は悪く、父親は勤勉に労働していたが、母親の

アルコール中毒のため、家庭内は崩壊していた、またユダヤの

迫害も受けていた。

そんな中、母親の世話をしていたのが、ピーターバーンズさんでした。

 

少年期は自分の顔にコンプレックスを持ち

顔に絵の具を塗ったり、勝手に化粧をしたりしていた

 

10代に入ると、眉毛を添ったり、奇抜なファッションをし始め

浮いた存在になり登校拒否になった。

その後、美容院で働き始め、そこで出会ったリンさんに興味を

持ち、付き合い始め自宅を出てリンスさん家族と暮らし始め

そして結婚した。

 

美へのあこがれ

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その後、デットライブでスターダムにのし上がり

ピーターバーンズさんは一躍有名なった

バンドメンバーのスティーブと同性愛関係になり

妻のリンさんと三人で暮らし始める。

経済的に成功し欲しいものを手に入れた

ピータ―バーンズさんは

稼いだ金はすべて自分への美に費やされ

 

幾度となく整形を繰り返した。

その際唇に医師から勧められた、ジェル注射を唇に打ったのが原因で

顔が変形してしまい、唇に打ったジェルが顔全体に広がり

肉芽腫を形成し、それが全身にわたり腎臓の血管を詰まらせ

腎臓不全、腸障害、失明の危険にさらされてしまう。

その後その医師とは損害賠償で和解が成立する。

 

3億円の家を売り、作品の著作権を売り、すべてを自分の

整形に費やしたが、イタリア人医師に「あなたの顔が戻ることはない」

と言われ、どん底に落ちてしまう。

だが「あなたには音楽がある」と励まされ、音楽活動を再開させていた。

ピートバーンズ復活

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この事件を面白がったテレビ局が、

ピートバーンズさんをテレビに呼ぶ。

ピートは、まだ口が痛くて会話もまともにできない状態であったが、

「歌を歌わせる」ことと「衣装を自分で選ばせる」

ことを条件に出演することを承諾した。

イギリス中のメディアが注目する中、

ピートバーンズさんは高級リムジンで豪華な衣装を身にまとって会場に降臨し、

その中性的な容姿とピートの歌声に観客は度肝を抜いた。

この出演を機に色々なメディアからオファーが相次ぎ、

芸能界での復活を果たした。

その後発売したシングルは全英5位を記録し、

世界のメディアでも注目されるようになった。

プライベートでは25年間続いたリンと離婚。

2003年にロンドンのレストランでウェイターをしていた10歳年下の男性と

2007年7月6日に同成婚をした。

2016年10月23日心不全のため死去。満57歳。

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まとめ

以上ピーターバーンズさんの波乱万丈の生涯を

書かせていただきました。

整形を繰り返してしっまた本当の理由は本人でないと

分かりませんが、子供のころから美への憧れが強く

また一つの事を貫き通す強さが、逆に自分の顔への

終わりのない執着へと変貌してしまったのかもしれません。

 

心からご冥福をお祈りいたします。

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